桑田さんが翔く
酒 飲 み と 酒 好 き  
JK3QCG 藤原 正広
 フレンド局に誘われてネットの第10回新年会で会ったのが桑田さんと最初の出会いでした。羽織袴のイデタチが印象的でした。
 名物のオークションで、「え〜!そんな安い値段で!」 と言う間もないテンポで落札していく姿に,、びっくりしたものでした。

SSBの運用を始めたばかりの私にとって、ネットに入会して送られてくるニュースの移動情報は貴重でした。 それ以上に興味をもったのは、関西人独特の笑い(くすぐり)を随所にちりばめた、桑田さんの文章のおもしろさでした。
桑田さんとはローカル局なので、頻繁にお互いに酔っ払いながらQSOするようになりました。

「俺の書いたもん、そんなにおもろいか」 と云っていました。翌月から、NETのニュースと一緒に送られてきたものを読ませてもらいました。
「亜真無線」、「7人の侍」、「島根行脚」、「異聞」、「無力庵」、「屁毛屁毛斎」をはじめ、「ラルゴの嘆き」、「重労働の胃袋」などなど・・・。
 更に感心し、 「おもしろいなー!」と感想を伝えると「あれは擬人法という書き方なんや」と、嬉しそうに、まんざらでもない様子で喜んでおられました。これらの文章は「平成を駆けるSSBers 170NET12年の歩み」 で紹介されました。。
 
食通の桑田さんには、いろんな美味しいお店に連れていってもらいましたネ。
芦屋近辺はもちろんのこと、全国の美味しいところを本当に良く知っておられ、食いしん坊の行動力に感心したものです。
 或るお店では、こんなことがありました。
「お互い酒を飲むけど、酒好きと酒飲みの違いわかるか」、「?」
「俺は酒好き、あんたは酒飲みや!」、「?」
なんとなく分かる様な気がするものの、強く印象に残っている一コマです。

 夜、私たちが移動運用している場所に、仕事を終えた桑田さんが現れると、たいていの場合、寿司桶と酒の差し入れがあり、お決まりの宴会となりました。
 移動運用の昔話や苦労話を聞きながら楽しい時間が深夜まで続いたものです。
 篠山市が誕生したとき、担ぎ上げで一緒に行ったことなどが、つい、この間のことのように思い出されます。
 
 晩年は430FMにもCQを出して積極的に声を出しておられました。
 私が 「桑田さん、FMで声を出すなんてめずらしいなー!」 と声をかけると「俺はFMが開局モードやねん、開局当時は毎日漫才みたいなQSOやってたんやで」と云っていました。
静かになった430SSBに痺れをきたしての運用なのか、迫り来る最後を意識しての無線運用なのかはわかりませんが、こよなく430を愛した桑田さんらしいなぁ と思いました。
無線のみならず、お酒、旨い食べ物、生き方などなど、桑田さんにはいろいろ教えてもらいました。こよなく 430SSBを愛し、全国にその名を馳せた桑田さんと知り合えたことは、私にとって、とても貴重なものでした。改めて御礼とご冥福をお祈りいたします。
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